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静岡地方裁判所富士支部 昭和48年(ワ)174号 判決

主文

被告は原告に対し金一〇三万六、八九九円及びこれに対する昭和四八年一二月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、

被告は原告に対し金四二七万九、二九二円及びこれに対する昭和四八年一二月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行宣言を求め、請求原因として

一  原告は昭和四七年七月一二日午後一〇時一二分頃、富士市依田橋七六八番地先交差点を、普通乗用自動車を運転して北進中、折柄対向南進して同交差点に至つた被告運転の普通乗用自動車が右折西進せんとして、原告車の直前を横切つたため、原告は被告車の左側面に衝突を余儀なくされ、その衝撃により右眼窩骨々折、胸部打撲、左手左膝打撲等の傷害を蒙つた。なお被告は右事故当時相当量の飲酒をしていたものである。

原告は右負傷治療のため

(1)  同日から同年八月一一日まで三一日間芦川胃腸科病院に入院

(2)  同年八月一二日から同月一六日まで同病院に毎日通院

(3)  同年八月一七日から同年一〇月二六日まで石川整形外科医院に、当初毎日通院、一月ほどして二日置き、最後には三日置きに通院

(4)  同年一〇月三一日から渡辺整形外科病院に週四日位の割合で通院、現在に至つている。

二  右事故は被告の前方注視義務違反等の過失に基因するところ、被告は右加害車両の所有者として自賠法三条により原告が右事故によつて蒙つた人的損害の一切を賠償すべき義務がある。

三  原告の損害

(一)  本訴提起(昭和四八年一二月六日)までの休業補償

イ  原告は事故当時安全タクシー株式会社の運転手として月額平均八万四、〇〇〇円(一日当り二、八〇〇円)の収入を得ていたところ、右事故により同四七年七月一三日から同年一〇月三日まで計八三日間全く就労することができなかつた。よつて金二三万二、四〇〇円(二、八〇〇×八三=二三二、四〇〇)の損害となる。

ロ  同年一〇月四日から右会社に就労したものの、昭和四八年一〇月三一日まで三九三日間完全な体調で働くことができず、平均すると従来の四割相当の収入をあげるにとゞまつた。よつて金六六万〇、二四〇円(二、八〇〇×〇・六×三九三=六六〇、二四〇)の損害となる。

ハ  右イ、ロの合計は金八九万二、六四〇円であるが、原告は被告から休業補償として金五五万四、〇〇〇円の支払を受けているので、これを控除すると金三三万八、六四〇円となる。

(二)  労働能力の一部喪失による将来の補償

原告は前記渡辺整形外科の渡辺英詩医師から右事故の後遺症として、頸性頭痛症候群、頸肩腕症候群、左膝関節周囲炎の診断を受け、右会社における運転手としての勤務においても長時間の乗車はできず、後遺症として更に視野狭窄の症状も加わつたため、昭和四九年五月二日右会社も退職せざるを得なくなつた。そして現在なお頭痛、めまい、吐き気、肩こり等の症状に悩んでいる。先頃原告は右頸性頭痛症候群等の後遺症にもとづき、自賠法に関する被害者請求をしたところ、後遺障害八等級の認定を受け、同保険より金一六八万円の交付を受けた。

右等級の労働能力低下は通常四五パーセントであるところ、原告は昭和四八年一二月現在五〇才であつて、今後なお少くとも一〇年間は自動車運転手として稼働可能であるから、

八四、〇〇〇×〇・四五=三七、八〇〇

三七、八〇〇×一二=四五三、六〇〇

四五三、六〇〇×七・九四五(ホフマン係数)=三、六〇三、八五二

結局三六〇万三、八五二円の減収損となる。これから前記保険金一六八万円を控除すると一九二万三、八五二円である。

(三)  入院中の付添費

原告の入院中、その妻貴美子が看護のため、家政婦の代りに連日三一日間付添つたが、一日一〇〇〇円としてその費用は三万一、〇〇〇円である。但しその後被告から右同金額の支払を受けた。

(四)  入院中の諸雑費

九、三〇〇円。一日三〇〇円の割合

(五)  慰藉料

イ  芦川病院入院中 一五万円

ロ  退院後就労迄 一三万二、五〇〇円

一ケ月七万五、〇〇〇円として五三日分

ハ  就労後昭和四八年一〇月末日迄 三二万五、〇〇〇円 月額二万五、〇〇〇円として一三ケ月分

ニ  今後の慰藉料 二〇〇万円

以上合計金二六〇万七、五〇〇円 但し被告から本訴提起後の昭和四九年七月以降三回にわたつて六〇万円の支払を受けたのでこれを差引くと金二〇〇万七、五〇〇円となる。

(六)  以上(一)の(ハ)、(二)、(四)、(五)の合計は金四二七万九、二九二円となる。

四 よつて右金四二七万九、二九二円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四八年一二月一九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、立証として、甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一ないし四、第七号証の一、二、第八ないし第一三号証を提出し、証人山本曠、渡辺英詩、久保田庄蔵、高西貴美子、原告本人の各供述を援用し、乙号各証の成立はいずれも認めると述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、請求原因一のうち(3)、(4)の通院回数は不知なるも、その余は認める。二のうち加害車両が被告所有であることは認める。三のうち原告がその主張会社にその主張のころ就労したこと、保険金、被告支払金員はいずれも認めるが、その余は不知、なお被告は原告に対し治療費として

昭和四七年九月一一日金四万円(通院費)

〃〃一四日金四万九、〇〇〇円(八、九月分治療費、外に付添費一万一、〇〇〇円)

〃〃二六日金一二万八、一四〇円(芦川病院治療費)

〃四八年二月一六日金二万五、一四〇円(通院費等)

〃〃二一日金一、〇〇〇円(石川病院)

〃〃〃金二万七、〇〇〇円(〃)

〃四九年六月一日金一〇万円(静岡県ハイヤー健康保険組合から求償された渡辺医院治療費)

〃七月二日金一〇万円(〃)

〃〃三一日金一〇万円(〃)

〃九月二日金一〇万円(〃)

〃一〇月三日金一〇万二、四七〇円(〃)

合計金八六万二、七五〇円を支払つている。原告は現になお頭痛、めまい、はきけ、肩こり等の症状に悩まされていると主張するがそれは多分に心因性のものである。現に芦川胃腸科病院の診断によれば昭和四七年八月一五日治癒とされ、石川整形外科医院における両膝関節の治療経過も良好であつたというのであるから、同年一〇月四日タクシー乗務に復帰した当時の症状は、主観的にも客観的にも軽度のものであつたことが明らかである。渡辺整形外科病院の診療録によつても昭和四九年五月一五日天候により頭重感ありとの記載が存するのみで、その後は腰痛に関する記載しかない。しかして腰痛は本件事故とは何らの因果関係もない。更に原告は眼、内臓に異常があつてその治療を継続しているばかりでなく、精神科の診療を受けている如くである。仮にタクシー乗務を決定的に断念せざるを得なくなつたのが眼科疾患に由来するとしても、それは内臓疾患に由来することも考えられ、本件事故と眼科疾患との因果関係は不明瞭であると述べ、

抗弁として、本件事故現場は東西に走る幅員一五メートルの国道(一号線)と、田子浦港方面から吉原市街地方面に通ずる幅員一〇メートルの道路とが直交する、交通整理の行われている交差点であるところ、原告は右一〇メートル道路を北進して右交差点に進入するに際し、対向して同交差点に進入した被告車が右折せんとしたのであるから、被告車の動向を注視し、徐行するなどして事故発生を未然に防止すべきであるのに、減速することなく漫然そのまゝの速度で進行したため、本件事故が発生したものであり、原告にも過失があり、その割合は少くとも一〇分の三とするのが相当であり、宜しく過失相殺さるべきであると述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  請求原因一の事実は(3)、(4)の通院回数を除き当事者間に争いがなく、右(3)の石川整形外科病院の通院が当初は毎日、一ケ月程して二日置き、最後には三日置き、(4)の渡辺整形外科病院に週四日位の割合であることも、弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。

しかるところ、成立に争いのない甲第三号証、第八ないし第一二号証、乙第五号証、第六号証 第一〇号証、第二九号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第六号証の一、三及び四、証人高西貴美子の供述により成立の認められる甲第七号証の一、二、証人渡辺英詩、久保田庄蔵、山本曠、高西貴美子、原告本人の各供述によれば、原告の前記右眼窩骨々折、胸部打撲傷、左手左膝打撲傷等の傷害は昭和四七年九月四日芦川胃腸科病院医師芦川恒夫により一応軽快治癒と診断され、同年一〇月四日従前から従事していた安全タクシー株式会社の運転手の業務に復帰した(この職場復帰の点は当事者間に争いがない)ものの、長く乗車すると足がつつぱる等の症状が残つていたため主として電話番に従事するの外はなかつた。

そして同月三一日には渡辺整形外科病院医師渡辺英詩より頸性頭痛症候群、頸肩腕症候群といういわゆるむちうち症ならびに左膝関節周囲炎なる後遺症の診断を受け、昭和四八年六月六日には頸部運動制限、著しい項部痛、頭重、上肢へのしびれ、いたみ等のため同医師より右後遺障害八級と認定され、更に視野狭窄という後遺症も加わり、昭和四九年五月二日右会社から退職するの余儀なきに至つた。もつとも右のむちうち症の後遺症は漸次快方に向い、時折項部筋腱症状を起すとか、頭重感、首、肩のこり、首から肩、上肢にかけての痛みがある程度で、後遺障害等級も一一級程度とみられるが、右会社退職後製紙原料商久保田庄蔵方に雇われて工業廃紙の包装に従事したものの女子従業員なみの労働能力すらなかつたため長つゞきせず、現在旅館の部屋、庭の掃除等の半日仕事に従事しているに過ぎないことが認められる。

二  ところで被告が右加害車両の所有者であることは当事者間に争いがない。従つて被告は自賠法三条により原告が右事故によつて蒙つた人的損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

そこで先ず、原告においても右事故につき過失があつたか否かにつき考えるに、成立に争いのない乙第一ないし第三号証によれば、本件事故現場は東西に走る国道(一号線)と、南方田子浦港方面から北方吉原本町方面に通ずる道路とが直交する交通整理の行われている交差点で、両道路とも幅員は一〇メートル以上ある。被告は当時吉原本町方面から時速約二〇キロで右交差点にさしかゝつたところ、南方六〇メートル位先に原告車が北進してくるのを認めたが、その距離が大分あるので同車に接近する以前に右折西進しうるものと軽信し、同車から目をはなし、右折方向だけみて右折を開始したため本件事故に及んだのであり、一方原告も交差点へ入る直前対向する被告車を認めながら、従前の時速約四〇キロを僅かに減速したのみで、被告車の動向によく注視していなかつた過失があることが認められ、右事実からその過失割合を勘案すると、被告が七、原告が三とするのが相当である。原告本人の供述中右に反する部分は措信しない。

三  よつて進んで原告の損害につき判断する。

(一)  原告の治療費 金八六万二、七五〇円

成立に争いのない乙第七号証、第九号証、第一四号証、第一五号証、第二〇ないし第二三号証、第二五ないし第二八号証、被告本人の供述により被告主張のとおり全額弁済ずみであることを認める。

(二)  本訴提起(昭和四八年一二月六日)までの休業補償

イ  原告が事故の翌日である昭和四七年七月一三日から同年一〇月三日までの八三日間、全く就労することができなかつたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第四号証の一によれば、原告は事故当時前記安全タクシー株式会社から月額平均八万四、〇〇〇円(一日当り二、八〇〇円)の収入を得ていたことが認められる。してみれば右八三日間の休業により原告は二三万二、〇〇〇円の損失を蒙つたこととなる。

ロ  前記一の後段に認定した事実ならびに弁論の全趣旨により、同年一〇月四日から昭和四八年一〇月三一日まで三九三日間、原告主張のとおり従来の四割減収即ち金六六万〇、二四〇円損失の事実も認められる。

(三)  労働能力の一部喪失による将来の補償

原告が昭和四八年一二月現在五〇才であることは被告の明らかに争わないところであり、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第六号証の二によれば前記会社の定年は六〇才であることが明らかである。しかしてこれら事実と前記一の後段に認定した事実によれば、原告は今後なお一〇年間は月額八万四、〇〇〇円の収入を得べきところ、本件事故により四五パーセントの労働能力低下を来たし、そのため金三六〇万三、八五二円の減収損となつた旨の原告主張事実を認めるに充分である。

(四)  入院中の付添費

原告が入院中三一日間その妻貴美子が連日付添いその間の費用を一日一〇〇〇円として三万一、〇〇〇円とみるべきことについては、弁論の全趣旨を通じて被告の明らかに争わないところであり、この全額が既に被告から支払ずみであることも原告の自白するところである。

(五)  入院中の諸雑費 九、三〇〇円

一日三〇〇円の割合(公知の事実)

(六)  慰藉料

イ  芦川病院入院中 一五万円

ロ  退院後就労迄の五三日間 一三万二、五〇〇円

一ケ月七万五、〇〇〇円の割合

ハ  就労後昭和四八年一〇月末日迄一三ケ月間三二万五、〇〇〇円 月額二万五、〇〇〇円の割合

ニ  本訴提起後将来の慰藉料

証人高西貴美子、久保田庄蔵、渡辺英詩、山本曠の各供述によれば、原告は本件事故後糖尿病、肝臓病等の治療も受けており、タクシー会社の退職、四五パーセントの労働能力低下の原因は前記のように本件事故による後遺症にあるとはいうものの、これら内臓疾患、本人の老化現象とそれに加えて原告自身の心因的なものもその原因をなしていることを認めざるを得ない。

それにも拘らず当裁判所は前記のように労働能力の一部喪失による将来の補償として金三六〇万三、八五二円の多額を認めているのであり、後記のように被告が本訴提起後三回にわたつて金六〇万円を支払い、これを含めて既に二〇四万七、七五〇円を原告に支払つており、もつて充分な誠意を示している事実に鑑みれば、前記一の後段に認定した事情があつても、将来の慰藉料としては、右の将来の補償金三六〇万三、八五二円でその相当部分がカバーされ、ここに認めるべきものとしては金八〇万円をもつて相当と思料する。

(七)  以上(一)ないし(六)の合計は金六八〇万六、六四二円となる。

四  しかしながら前記二に認定したように原告にも過失があり、その過失三の割合に従つて過失相殺をなすべく、その結果

六八〇万六、六四二円×〇・七=四七六万四、六四九円(円以下切捨)

四七六万四、六四九円となる。

しかるところ、治療費八六万二、七五〇円、付添費三万一、〇〇〇円が支払済みであること前述のとおりであり、その外に被告が原告に対し、休業補償五五万四、〇〇〇円と本訴提起後の昭和四九年七月以降三回にわたり六〇万円を支払つていることは当事者間に争いがなく、従つて被告の以上既払分は金二〇四万七、七五〇円となる。そして更に原告が自賠責保険金一六八万円の支払を受けていることも当事者間に争いがない。よつて前記金四七六万四、六四九円から右金二〇四万七、七五〇円と金一六八万円とを控除すると残額は金一〇三万六、八九九円となる。

五  以上のとおりであるから被告は原告に対し金一〇三万六、八九九円及びこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和四八年一二月一九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、本訴請求は右義務の履行を求める限度で理由があり認容すべきも、その余は失当として棄却するの外なく、よつて民訴法九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新田圭一)

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